終戦を建国に置き換えた戦後体制粉砕!
「戦後七十年」の虚構を破り、悠久の歴史と主体性を取り戻せ
一、建国を簒奪された「戦後」という名の徘徊
「戦後七十年」という言葉の裏で、わが国の魂を断絶させる狡猾な罠が仕掛けられてきた。神武天皇即位に始まる紀元節は形骸化され、いまや実質的な建国が「昭和二十年八月十五日」であるかのような敗戦史観が日本を闊歩している。 悠久の皇紀二千六百余年を否定し、戦勝国の価値観を無条件に丸呑みした結果、日本は自らの過去を忘却した「徘徊老人」と化した。過去への矜持も未来へのロマンも失い、ただ「平和を愛する諸国民」という幻想にすがり、屠殺場へと引かれる家畜の如き醜態。この不条理の元凶は、建国理念そのものの改竄にあることを我々は激しく警告せねばならない。
二、決断を拒絶する「ポツダム議会」の宿痾
政治の本質は「決断」にある。しかし、戦後の政治システムは、決断を回避し、責任を分散させるために設計されている。 指導者とは、不退転の覚悟をもって瞬時に判断を下し、その結果に全責任を負う「孤独な英雄」でなければならない。だが、現在の議会制民主主義は、討論という名の妥協と、派閥の裏取引、寝技の応酬に終始する「無責任な仮面舞踏会」である。土台の狂ったシステムをいくら手直ししても、健全な国家再建は叶わない。現状維持と無為無策を身上とするこの腐敗構造を、根底から覆滅すべきである。
三、英雄的指導者の登場と、真の民族自決
「独裁」という言葉に怯える必要はない。本来、民主主義であれ何であれ、最終的な決断と責任は単独の意思に集約されねばならない。「おしゃべりサークル」と化した議会が、国民の意思を騙り、党利党略で国家を弄ぶことこそが真の独裁の弊害である。 戦勝国のレールの上を走る限り、日本が植民地状態を脱することは不可能だ。三権分立や国際協調といった「戦後の常識」を白紙に戻し、行政の優越と英雄的指導者の確立を急げ。真の英雄は、投票箱の中からではなく、激動の街頭と流血の闘争の中からこそ生まれる。歴史が証明するその真実を、今こそ我々の手で具現化しようではないか。
構造的無責任体制の超克――歴史の連続性と「決断政治」の再構築
1. 歴史の断絶と「建国記念」の歪曲 戦後日本における最大の知的・精神的退廃は、建国の起源を紀元節(神武天皇即位)から、昭和二十年八月十五日の敗戦へと実質的に置き換えたことにある。この「敗戦を起点とする歴史観」は、皇紀二千六百年の栄光を全否定し、日本を「永久の謝罪者」という不自然な立場に固定した。自らの歴史・伝統・文化を戦勝国の基準で再定義した結果、日本人は主体的判断能力を去勢され、漂流を余儀なくされているのである。
2. 議会制民主主義における不決断の構造 政治的決断の欠如は、指導者の資質のみならず、システム自体の構造的欠陥に起因する。
-
指導者の不在: 瞬時の判断と全責任の引き受けこそが指導者の要件であるが、ポツダム体制下の指導者は、外国勢力の傀儡として「決断しないこと」を最適解としている。
-
システムの宿痾: 議会における討論と多数決は、実態として「責任の所在の曖昧化」と「利権の裏取引」の隠れ蓑となっている。「政治は妥協である」という通念が、国家の根幹を揺るがす危機に対する無策を正当化している。
3. 究極の民主主義としての「決断と責任」 本来、多数決による決定であっても、その執行と責任は単一の主体に帰せられるべきである。現在の議会制は、国民の代表を自称する「議会屋」たちの無責任な代弁会に変質している。 三権分立や国際協調といった戦後的なドグマは、日本の主権を抑制するための制約条件として機能しており、これを打破するためには以下の再編が不可欠である。
-
行政権の圧倒的優越: 諮問機関としての議会再編。
-
英雄的指導力の確立: 既成の選挙制度を超えた、激動期にふさわしい真の指導者の待望。
4. 植民地状態からの脱却 過去の雄姿を否定し続ける限り、日本人は自尊心を取り戻すことはできない。戦後システムというレールを破壊し、白紙の状態から国家の骨組みを再構築すること。歴史の必然として現れる英雄を先頭に、戦後という名の長い夜を終わらせ、民族の自存自衛を完遂せねばならない。