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「戦後デモクラシー」という名の精神的隷属を排せ
一、デモクラシーの虚構と日本固有の合意形成

今日、西洋近代思想の産物である「デモクラシー」が「民主主義」と訳され、あたかも我が国の歴史に民主的な営みが不在であったかのような言説が蔓延している。しかし、これは歴史の改竄に他ならない。古来、我が国の村落共同体等に見られた相互扶助と合意の文化は、西洋の個人主義的民主主義を凌駕する崇高な社会秩序を形成していた。我々は、決して野蛮な過去を持っていたわけではない。

二、大正デモクラシーという「第一の罠」

我が国が西洋文明に魂を売り渡した端緒は、大正デモクラシーにある。日英同盟の勝利に酔いしれた当時、狡猾なる英米アングロサクソンは、アジアの旗手である日本を骨抜きにすべく、「自由」「平和」「人権」という甘美な毒薬を流し込んだ。明治の先達が保持していた「白人帝国主義からアジアを解放する」という気概は、英米崇拝という病理によって侵食されたのである。

三、現状維持が生んだ亡国の縮み症候群

サイズ違いの背広を誇る田舎者の如く、外来の価値観を丸呑みした結果、日本は「縮み症候群」へと陥った。軍縮は国家の守護神を解体し、政党政治は利権争奪の場へと成り下がった。その末路が、東北の窮状であり、金融破綻であり、共産主義の浸透であった。ワシントン条約という罠に嵌められ、自ら手足を縛った日本の弱体化こそが、英米の狙い通りだったのである。

四、戦後デモクラシーの本質は「民族の脳死」である

大東亜戦争を経て、英米は「大正デモクラシー」という弱体化装置をより強力な形で再編し、我が国に押し付けた。それが戦後デモクラシーの正体である。 歴史・文化・伝統という脈絡を断たれた日本人は、自己の歴史を懺悔の対象としてのみ捉え、躍動的な自尊心を喪失した。マッカーサーが与えた「餌」を自由と錯覚し、思考停止のまま憲法や教育制度を丸暗記する姿は、民族浄化に等しい「洗脳」状態と言える。

五、真の民族自尊心の回復へ

今こそ、去勢された国際主義や平和主義という病原菌を排し、強烈な民族主義を復興させねばならない。自国の歴史を全面的に肯定できるのは、その民族自身のみである。中途半端な無国籍者ではなく、自らの足で立つ強靭な日本民族として再起すること。それこそが、真の友邦を勝ち取り、未来へのロマンを切り拓く唯一の道である。

伝統の断絶「戦後デモクラシー」の構造的批判

1. 「民主主義」という翻訳語の欺瞞 現代日本において「民主主義」は至上の価値とされるが、その実態は西洋由来のイデオロギーの直輸入に過ぎない。古代から江戸期に至る日本には、西洋の個人主義とは異なる、共同体調和を旨とした独自の高度な統治形態が存在した。これを「非民主的」と断じる言説は、西洋中心主義的な偏見に基づく歴史観である。

2. 英米協調路線の陥穑と大正期の変質 日本の弱体化は、大正期における西洋文明との妥協から始まった。第一次世界大戦後の戦勝国としての驕りは、英米の狡猾な外交戦略に対する警戒を解かせた。「自由」や「民本主義」という美辞麗句の裏側で、日本本来の使命感――白人帝国主義によるアジア侵略の阻止――は忘却され、英米への追従が美徳と化した。この時期の軍縮や政党政治の腐敗が、結果として国民生活を困窮させ、共産主義の台頭を許した歴史的事実を直視すべきである。

3. 戦後体制という継続的な民族洗脳 戦後デモクラシーは、大正期に試行された「日本弱体化計画」の完成形である。占領軍によって与えられた現行憲法や諸制度は、日本の歴史的脈絡を遮断し、国民を「永遠の加害者」という精神的枷に縛り付ける役割を果たしている。現在の日本社会に見られる思考停止は、外来の価値観を批判的に検証することなく受容し続けた「消化不良」の結果である。

4.強烈な民族意識の必要性

思考麻痺状態から脱却するためには、戦後的な価値観(人権主義、平和主義等)の欺瞞を暴き、失われた民族的自尊心を取り戻す必要がある。自己の歴史を否定する国際主義は、他国からも侮蔑される無国籍者を生むに過ぎない。我々が今なすべきは、歴史の連続性を取り戻し、日本独自の原理に基づく強固な民族主義を確立することである。

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