国体なくして憲法なし
1. 占領憲法七十年と為政者の無策
現在、北朝鮮情勢をはじめとする国内外の危機が深化する中、わが国の危機管理能力と現行憲法の是非が改めて問われている。施行から七十年(執筆当時)を過ぎ、世論も改憲へと傾きつつあるが、為政者は米国の顔色を窺い、責任回避に終始している。
これは、戦後日本の為政者が「戦争をしない」という不自然な国家運営を唯々諾々と受け入れてきた必然の結果である。本論では、憲法改正の是非といった枝葉末節な議論を超え、近代西洋文明が強いた「法規の檻」の正体を暴き、わが国本来のあり方を再定義する。
2.近代西洋文明の支配構造の検証
近代的な憲法や議会制度が「文明国の証」とされる現在の価値観を、以下の視点から再検証する。
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近代の醜さの抽出: 西洋・キリスト教文明が、自らの植民地経営に都合の良い制度を「文明」として他民族に強要し、伝来の秩序を破壊してきた過程。
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不磨の大典化への批判: 護憲派の神格化のみならず、改憲派が陥っている「憲法あっての国家」という本末転倒な近代文明のジレンマの分析。
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政治的解釈権の再定義: 憲法を国家民族の生命維持のための「道具」と位置づけ、政府による行政権と政治的解釈権の優位性を検証する。
3. 暴露された「植民地版法規範」の実態
分析の結果、戦後日本の法秩序は独立国家のそれではなく、軍政下の形骸に過ぎないことが明らかとなった。
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日米安保の絶対的優位: 憲法に優先する「日米安保条約」という軍政の存在により、わが国は真の独立主権国家とは言い難い状態にある。
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個人主義による国家解体: 自由主義・個人主義という「ウイルス」が、日本伝来の共同体システム(民法等)を去勢し、国家の自由と利益を損なっている。
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法解釈の個人主義化: 裁判官や弁護士によるバラバラな解釈(判例の大安売り)は、法が「国益・国史」を守護する機能を失い、単なる教条主義に陥っている証左である。
4. 国體の復権と「聖徳太子十七条憲法」への回帰
近代憲法とは、白人帝国主義が世界を支配するための最低要件に過ぎない。我々が目指すべきは、西洋に毒された法秩序の微修正ではなく、日本の伝統に基づいた真の秩序の構築である。
維新変革への提言
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日米安保の破棄: 憲法に優先して日本を縛る軍政を俎上に上げ、真の独立主権国家を建設する。
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法規に対する国體の優先: 「日本の伝統に基づいた一般法の制定と、法規に対する国體の優先」を要求する。
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世界最古の憲法への回帰: 西洋式の憲法を唾棄し、千四百年以上前に発布された世界最古の道徳規範である**「聖徳太子十七条憲法」**をわが国の基軸として世界に謳うべきである。
「わが二十一ヶ条綱領第十五条:我々は近代・西洋・キリスト教文明に毒されたあらゆる価値観・法秩序にとってかわり、日本の伝統に基づいた一般法の制定と、法規に対する国體の優先を要求する。」
戦後解体された「国體」の復権こそが、あらゆる政治課題に先立つ最優先課題である。近代の虚飾を剥ぎ取り、日本本来の魂を法秩序の核に据えねばならない。