1.選挙という名の「現状肯定の茶番」
いま、日本で行われている選挙なるものは、単なる「現状肯定の茶番」に過ぎない。 衣を変え、看板を塗り替えたところで、腐った中身が変わらぬ限り、国家の衰退という病弊が治まるはずもない。わが国の「政党」の実態は、志なき者たちの「選挙互助会」に成り下がっている。
戦後政治には、天下国家を語るロマンも、確固たる世界観も欠如している。戦勝国から与えられた「自由・民主・平和」という甘い毒を無批判に啜り、植民地の奴隷として安住する者に、果たして「自主独立」を語る資格があるのか。
我々が求めるのは、奴隷の平和ではない。日本独自の精神に根ざした、真の「自由・民主・平和」を奪還することである。
2.「保守・革新」という二者択一の欺瞞
戦勝国とその傀儡どもは、国民の覚醒を防ぐために狡猾な罠を仕掛けてきた。それが「保守か革新か」という偽りの選択肢である。
「白い保守」と「赤い保守」の正体
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戦後保守(白い保守): アメリカの手先として、植民地状態を維持する。
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戦後革新(赤い保守): 支那・北鮮の代弁者として、別の主君を求める。
結局、どちらに転んでも「外国の支配」を容認する点では同じ穴の狢である。彼らは揃って大東亜戦争を「侵略」と断じ、占領規則である「憲法九条」を神聖視する。自主独立を阻害する戦後デモクラシーを肯定する者は、その本質においてすべて「現状維持の保守」に他ならない。
伝統の破壊を「進化」と呼ぶ愚行
「歴史・伝統を守れ」と口にする保守が、家族制度の破壊や国史の歪曲を看過してきた事実は、彼らが守ろうとしているのが「戦勝国が都合よく書き換えた伝統」であることを物語っている。 真の伝統とは、国史に回帰し、世界に冠たる**「八紘一宇」**の精神と共同体思想を体現することに他ならない。
3.維新の要諦は「既成価値観の覆滅」にあり
歴史を鑑みれば、真の変革は体制内の修正からは生まれない。
かつての江戸幕府における「三大改革」は、幕府体制を延命させるための「手直し」に過ぎなかった。しかし、明治維新が成功したのは、幕府を支えてきた思想的価値観そのものを根底から粉砕したからである。
歴史が教える「三大維新」の共通点
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大化の改新: 蘇我一族という専横の打倒。
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建武の中興: 北条一族による武家専制の粉砕。
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明治維新: 徳川幕府の体制と価値観の覆滅。
いま、平成(現代)に求められているのは、「戦後デモクラシー政党政治幕府」の打倒である。既成のルールを破壊し、既成特権者を一掃すること。体制内変更など、維新の名に値しない。
4.「直截(ちょくせつ)」たる決断と行動
「直截」とは、理屈を廃した決断と行動を指す。 500年に及ぶ白人帝国主義の暗黒からアジアを解放せんとした大東亜戦争の御旗は、今もなお、自主独立を願う我々の心の中に燦然と輝いている。
この偉大なる父祖の功績を嘲笑い、自己保身のために外国勢力に擦り寄る売国奴、国益を食い物にする利権亡者ども――。彼らを「始末」すべき時期が到来している。
有権者よ、覚悟せよ
政治は4年ごとの投票箱で変えられるものではない。歴史が動くとき、それは既存のルールも日時も超越したところで決せられる。
利権の温床で惰眠を貪る者たちよ。寝首を掻かれるのは赤穂浪士の時代だけではない。真の維新勢力が立ち上がり、既存の腐敗を焼き尽くす日が近いことを覚悟せよ。
決断せよ。そして行動せよ。日本を日本人の手に取り戻すために。