
戦後幕府を打倒せよ!
~「直截行動こそ、維新変革の原点」集会演説抜粋
1・選挙は現状肯定の茶番
いま選挙という茶番が行われている。一体投票によって何かが変わることを期待しているのか?
衣をいかに変えようとも、腐った中身が変わらねば同じ症状が続くのは当たり前。
まさにわが国の「政党」と称する代物は選挙互助会以外の存在意義はない。
わが国戦後政治に天下国家のロマンも世界観も存在せず、戦勝国から与えられたエセ「自由主義・民主主義・平和」を無為無策に甘受するだけの植民地の奴隷に、果たして「自主・独立」が存在するのか!
われわれはこの奴隷状態を憎み、祖国の自主独立を果たす為に運動を展開しており、真のわが国独自の「自由・民主・平和」を獲得しなければならないと強く認識するものである。
戦後敗戦状態が「素晴らしい」と洗脳され、戦前以前の祖国を卑下する売国奴によって牛耳られている現今社会。
これを肯定する者だけの選挙であり、これを否定する者には、反社会的烙印を捺し社会から「村八分」しているのである。
さて、この異端児を排除する為に、戦勝国およびこの傀儡どもは狡猾な罠を仕掛けてきたのである。
特に思考・思想・価値観そのものを覚醒させないために、必ず二者択一の選択肢を用意し、互いに対峙させ対決意識を助長させることによってエネルギーを消耗させ、そのどちらに転んでも、結局は奴隷状態であることには変わりない同じ洞窟に落ちることを計算しているのだ。
すなわち、まず指摘しなければならないことは、戦後の「保守・革新」の選択肢の欺瞞を指摘せねばならない。
2・戦後「保守・革新」区別の欺瞞
戦後わが国政治には、真の維新変革勢力は存在してこなかった。
「保守・革新」の区別自体笑止千万!
体制を否定できないよう、国民の目を騙す体制側の巧妙な二者択一操作に他ならない。
自由民主主義を守るものを保守と定義付け、これに異議を唱えるものを革新とする欺瞞。
双方は揃って大東亜戦争を「侵略戦争」と断じ戦後デモクラシーを肯定している摩訶不思議。
特に、戦後体制を維持してきたアメリカ製占領規則である「憲法九条」を死守する者のどこが革新なのか?
わが国の自主独立を阻害し、対日弱体化政策である戦後デモクラシーを維持肯定する者は、戦後奴隷状態を保ち守ることに変わりないことを強烈に認識しなければならない!
まさに「戦後保守」=白い保守と「戦後革新」=赤い保守に過ぎない。
また奴隷根性の持ち主は、常に他国にすがり自らの保身に走りがちである。
ゆえに自民党=アメリカの手先=アメリカの植民地、左翼=支那、北鮮の手先=共産圏の植民地の図式が成立する。
どっちにころんでも外国の支配を容認する国賊に変わらないのである。
また、「戦後保守」の依拠するところが、「歴史・伝統・文化を守れ」というが、戦後わが国は、果たして「歴史・伝統・文化」を守ってきたのであろうか?
戦前の偉大な英霊歴史、大東亜戦争の意義をまったく理解できない社会に、果たして正しい歴史は存在していない!
戦後の司法制度の改竄、家族制度の破壊、農地改革などは一見、斬新なものととらえられているが、畢竟、アメリカの対日占領政策を永続化させるための、「歴史・伝統・文化」の破壊以外の何物でもないではないか!
アメリカナイズされた「戦勝国歴史・戦後始発の伝統」そしてアメリカナイズされたエログロナンセンスが跋扈する社会のどこに文化があるのか?
国史に回帰し、世界に冠たる偉大日本の八紘一宇精神と、共同体思想を体現しこれを世界に反映させることこそ、真の伝統ではないか!
真の独立主権国家かどうかが、いま、問われているのだ!
まさに、植民地に「保守も革新」もなし!
どこの手先になるかの選択肢しか存在していないのだ!
われらが主張する第一義こそ、「独立主権国家の建設」に他ならない!
次に、その体制を変革するとはどういうことを考えてみたい。
3・倒幕=価値観の覆滅こそ、維新の要諦
江戸幕府を考えてみよ!
当時、徳川政権は朝廷を軽んじ、庶民は公方こそが「元首」と化していた驚愕的事実も忘れてはならない。
265年間江戸幕府体制では、様々な改革がなされてきた。「享保・寛政・天保」の三大改革が有名であるが、しかしこれとても江戸幕府の屋台骨を強化維持する為の体制内改革に過ぎない。
朱子学の普及など、あるのは、当時の体制維持にとって不可欠の価値観の維持であり、これを破壊するあらゆる試みは悉く芽を摘むことに全力を傾注してきた。
これに対し、明治維新の成功とは、単なる政権の交代によるものではなく、あくまでも江戸幕府を支えてきた思想的価値観を根本的に打倒粉砕することで成立できたことを忘れてはならない。
維新変革とは、既成体制の破壊!
既成価値観の打倒である!
更に追求すれば、既成特権者の排除である!
見よ!わが国三大維新を!
蘇我一族を打倒した大化の改新。
鎌倉幕府・北条一族を打倒した建武の中興、そして徳川幕府を打倒した明治維新。
ならば、来る平成維新変革こそ、戦後デモクラシー政党政治幕府を打倒無しには考えられない!
そこには、力で敵を微塵に駆逐一掃する!
既成ルールを粉砕する!
ことが必須条件であり、体制内変更などは、維新にあらず!である。
4・直截とは!
直截とは、決断と行動を指す。
真の独立主権国家建設=日本の自由主義・日本の民主主義・日本の手による平和を目指し、これを世界に敷衍せずして、真の日本の世界史的使命はあり得ない。
大東亜戦争の意義も、実はそこにあったことを理解せよ!
500年間に亙る白人帝国主義の暗黒の支配からの脱却!
自存自衛・アジアの解放の御旗は色褪せることなく、いまもなお燦然と輝いているのだ。
この偉業・偉大な御旗を、歪曲し、卑下し、唾棄し、冷笑している輩!
鬼畜外国勢力に擦り寄り、自らの保身に勤しむ輩!
党利党略・私利私欲に狂奔し、国家国民を食い物にする輩!
これらはすべて、売国奴であり、国賊に他ならない!
きっちりとこれを始末する時期に来ているのだ!
既存価値観の行き詰まりが、ようやく理解しつつある現今、売国奴同士の茶番では何も変わらないことが、じわじわ浸透しつつある社会において、いよいよ、真の維新変革勢力が台頭してくるのだ
政治は4年ごとに投票箱で変えられるのでは断じてなく、本気で変えようとするとき、それはルールも日時も問わないことを歴史からはっきりと学ばなければならない!
既存腐敗社会で高いびきをする利権亡者どもよ!
寝首を取るのは、赤穂浪士だけではないことを思い知るときが近いことを覚悟せよ!
1.選挙という名の「現状肯定の茶番」
いま、日本で行われている選挙なるものは、単なる「現状肯定の茶番」に過ぎない。 衣を変え、看板を塗り替えたところで、腐った中身が変わらぬ限り、国家の衰退という病弊が治まるはずもない。わが国の「政党」の実態は、志なき者たちの「選挙互助会」に成り下がっている。
戦後政治には、天下国家を語るロマンも、確固たる世界観も欠如している。戦勝国から与えられた「自由・民主・平和」という甘い毒を無批判に啜り、植民地の奴隷として安住する者に、果たして「自主独立」を語る資格があるのか。
我々が求めるのは、奴隷の平和ではない。日本独自の精神に根ざした、真の「自由・民主・平和」を奪還することである。
2.「保守・革新」という二者択一の欺瞞
戦勝国とその傀儡どもは、国民の覚醒を防ぐために狡猾な罠を仕掛けてきた。それが「保守か革新か」という偽りの選択肢である。
「白い保守」と「赤い保守」の正体
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戦後保守(白い保守): アメリカの手先として、植民地状態を維持する。
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戦後革新(赤い保守): 支那・北鮮の代弁者として、別の主君を求める。
結局、どちらに転んでも「外国の支配」を容認する点では同じ穴の狢である。彼らは揃って大東亜戦争を「侵略」と断じ、占領規則である「憲法九条」を神聖視する。自主独立を阻害する戦後デモクラシーを肯定する者は、その本質においてすべて「現状維持の保守」に他ならない。
伝統の破壊を「進化」と呼ぶ愚行
「歴史・伝統を守れ」と口にする保守が、家族制度の破壊や国史の歪曲を看過してきた事実は、彼らが守ろうとしているのが「戦勝国が都合よく書き換えた伝統」であることを物語っている。 真の伝統とは、国史に回帰し、世界に冠たる**「八紘一宇」**の精神と共同体思想を体現することに他ならない。
3.維新の要諦は「既成価値観の覆滅」にあり
歴史を鑑みれば、真の変革は体制内の修正からは生まれない。
かつての江戸幕府における「三大改革」は、幕府体制を延命させるための「手直し」に過ぎなかった。しかし、明治維新が成功したのは、幕府を支えてきた思想的価値観そのものを根底から粉砕したからである。
歴史が教える「三大維新」の共通点
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大化の改新: 蘇我一族という専横の打倒。
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建武の中興: 北条一族による武家専制の粉砕。
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明治維新: 徳川幕府の体制と価値観の覆滅。
いま、平成(現代)に求められているのは、「戦後デモクラシー政党政治幕府」の打倒である。既成のルールを破壊し、既成特権者を一掃すること。体制内変更など、維新の名に値しない。
4.「直截(ちょくせつ)」たる決断と行動
「直截」とは、理屈を廃した決断と行動を指す。 500年に及ぶ白人帝国主義の暗黒からアジアを解放せんとした大東亜戦争の御旗は、今もなお、自主独立を願う我々の心の中に燦然と輝いている。
この偉大なる父祖の功績を嘲笑い、自己保身のために外国勢力に擦り寄る売国奴、国益を食い物にする利権亡者ども――。彼らを「始末」すべき時期が到来している。
有権者よ、覚悟せよ
政治は4年ごとの投票箱で変えられるものではない。歴史が動くとき、それは既存のルールも日時も超越したところで決せられる。
利権の温床で惰眠を貪る者たちよ。寝首を掻かれるのは赤穂浪士の時代だけではない。真の維新勢力が立ち上がり、既存の腐敗を焼き尽くす日が近いことを覚悟せよ。
決断せよ。そして行動せよ。日本を日本人の手に取り戻すために。