非難中傷こそエネルギー
運動二十五年を振り返って
私たちの同盟は、平成七年十二月九日の結党以来、二十五年の歩みを重ねてきた。
この二十五年の間には、多くの同志が運動に加わり、また、それぞれの事情によって離れていった。しかし、同志の出入りがあったとしても、私自身が掲げてきた運動の初志は変わることがなかった。むしろ、さまざまな経験を積み重ねるほど、当初に抱いた問題意識をさらに深め、運動を前へ進めていかなければならないという思いを強くしてきた。
私たちが目指してきたものは、単なる既存の価値観の延長ではない。既存の価値観を問い直し、それを乗り越えようとする新たな価値観をめぐる闘争、すなわち維新・変革を志向する運動である。
既存の価値観に対して異議を唱え、それを乗り越えようとする以上、そこには当然、困難や障害が存在する。私は、それを最初から承知していた。
だからこそ、この二十五年を振り返って、「苦しかった」という感覚は、ほとんど持っていない。困難があること自体が、既存の価値観に対して何らかの問題提起をしている証左でもあるからだ。
困難や反発を避けるのではなく、それらを含めて運動の過程として受け止めてきた。
本稿では、これまでの活動を振り返りながら、私が非難や批判、否定というものをどのように捉え、それらをいかに自己と運動を検証するための材料としてきたのかを述べたい。
一 非難をエネルギーに
結党当初から、私たちの活動はさまざまな形で揶揄され、批判された。
独自の隊服を身につけて活動していたこともあり、当時のパソコン通信やインターネット上では、「コスプレ」だとか「ナチ」だとか、さまざまな言葉で取り上げられた。
隊員の中には、それに対して反論し、反撃しようとする者もいた。しかし、私は一貫して「そんなものは放置しておけ」と言ってきた。相手と同じ土俵に乗って応酬することを、むしろ避けるようにしたのである。
私は、批判や中傷そのものを興味深く観察していた。
なぜなら、人間には、「変なもの」「目立つもの」「自分たちの常識から外れているもの」が現れると、まずそれを叩こうとする傾向があるからだ。
そして、叩かれた側が反応すればするほど、その反応自体が新たな興味や話題を生み出していく。
私は、その現象そのものを一種の社会的なショーとして見ていた。
どのように歪曲されるのか。どこを問題点として取り上げられるのか。どの部分が批判者の目に「弱点」と映るのか。
そうしたことを観察することには、私にとって大きな意味があった。
これは単に、批判を無視するということではない。むしろ、批判が生じるという事実そのものを、一つの社会的な反応として捉えるということである。
自分たちが何を発信し、それが外部からどのように認識されるのか。その過程を観察することによって、自分たち自身では気づかなかった側面が見えてくることがある。
二 非難を「材料」として考える
もちろん、すべての批判が正しいわけではない。
実際、私たちと直接会ったこともなく、活動の実態を十分に知っているわけでもない人々からの批判も少なくなかった。事実と異なるものや、意図的に歪曲されたものもあった。
しかし、それでも私は批判を無意味なものとは考えなかった。
むしろ、批判者が私たちをどう見ているのかを知る材料として利用することができるからだ。
おべんちゃらや、歯の浮くようなお世辞には、ほとんど意味がない。人間は褒められているとき、自分の弱点を発見しにくいからである。
一方、批判や非難の中には、相手が「ここが弱点だ」と考えている部分が現れる。
もちろん、その指摘のすべてを受け入れる必要はない。しかし、百の批判の中に一つでも「なるほど」と思えるものがあれば、それを検討し、自分たちの足りない部分を補強することができる。
だから私は、批判されることそのものを恐れなかった。
むしろ、批判が増えれば増えるほど、「なぜそう見られているのか」「何がそう思わせているのか」を考える材料が増えると考えていた。
肯定されることだけでは見えないものが、否定されることによって見えてくる。
私は、その意味で、肯定以上に否定の中から真の意義を見出すことができると考えている。
ここで重要なのは、批判をそのまま真実として受け入れることではない。
批判には、事実に基づくものもあれば、誤解や偏見に基づくものもある。その両者を区別しながら、批判の中に含まれている情報を取り出していく必要がある。
つまり、批判とは、それを受け入れるか反発するかという二者択一ではなく、自分自身を検証するための一つの材料として扱うことができるのである。
三 「否定」を否定するために
私は物事を考える際、「なぜそこまで否定するのか」という問いを非常に大切にしてきた。
物事を否定するためには、その根拠が必要になる。そして、その根拠を一つ一つ明らかにしていけば、今度はその否定そのものを検証することができる。
私は小学生、中学生の頃から岩波新書などの書籍を貪るように読んでいた。
ファシズム、戦前日本、軍国主義などを強く批判する文章を読むと、単純にその結論を受け入れるのではなく、「なぜここまで否定するのか」という疑問を持った。
そして、著者の論理の中に疑問を感じた部分には線を引き、余白に自分自身の反対論を書き込んだ。
それは、単に反対するための反対ではなかった。
相手がなぜその結論に至ったのかを理解し、その論拠を検討し、自分自身の考えを組み立てる。その繰り返しによって、私は物事を批判的に読む力を身につけていったのだと思う。
この経験は、その後の私の物事の考え方にも大きな影響を与えた。
何かについて「悪い」「間違っている」「否定すべきだ」という結論が示されたとき、私はその結論だけを見るのではなく、そこに至る論理を確認するようになった。
何が事実として提示されているのか。
何が解釈なのか。
どのような前提から結論が導かれているのか。
そうした点を一つ一つ確認することで、否定されている対象そのものだけではなく、「なぜそれが否定されているのか」という構造まで見えてくる。
私にとって、「否定を否定する」ということは、単純に相手の結論を逆転させることではない。
その否定の根拠を検証し、自分自身の判断を形成することである。
四 悪名は無名に勝る
私がヒットラーに強い関心を持ったのは、小学校四年生の頃だった。
小学生向けのドイツ現代史の本を何度も繰り返し読み、「なぜこの人物は、ここまで批判されなければならないのか」という疑問を抱き続けた。
その後、ヒットラーやナチスに関するさまざまな書籍や映画に触れていった。
もちろん、そこで描かれるヒットラーは、歴史上きわめて強烈な負の存在として扱われている。しかし、私はそこに単純な善悪の結論だけを見るのではなく、「なぜこの人物は、これほどまでに繰り返し語られ続けるのか」という問題にも関心を持った。
人類史を振り返れば、ヒットラー以上に残虐であったと考えられる人物や出来事が存在したとしても不思議ではない。しかし、そのすべてが同じように記憶されているわけではない。
歴史の中で繰り返し語られ、批判され、映画や書籍の題材となり続けること自体が、一つの歴史的な存在の大きさを示している。
私はそこから、「悪名は無名に勝る」という一面を見出した。
もちろん、悪名そのものを目的とすべきだという単純な話ではない。
しかし、批判され、論じられ、存在を知られることによって、その対象が社会の意識の中に残るという現象は確かに存在する。
このことは、私たちの運動を考える上でも、一つの示唆を与えている。
批判されることを恐れて存在を小さくするのではなく、自分たちが何を目指しているのかを明確にし、その結果としてどのように受け止められるのかを冷静に見つめる必要がある。
ただし、ここで重要なのは、単に「悪名」を得ることを目的とすることではない。
重要なのは、社会からどのように認識されるかという問題を、自らの活動を検証する契機として捉えることである。
五 真の強者とは
ここまで述べてきたような考え方は、運動の場面だけに限られるものではない。
現代社会において、日々の非難や中傷に苦しんでいる人にとっても、一定の意味を持つのではないかと思う。
私は、まず「積極的に反応しない」ことが重要だと考えている。
真に強い人間は、むやみに他人を非難中傷する必要がない。相手を自分より弱い存在だと思うからこそ、相手を攻撃しようとする場合もある。
だからこそ、相手の言葉に一つ一つ反応し、自分自身を消耗させる必要はない。
「相手を傷つけるのではないか」
「騒ぎの当事者として知られたくない」
そう考えてしまうこともあるだろう。
しかし、その恐れだけに支配される必要はない。
大切なのは、何でも黙って耐えることではなく、必要な場面では「断固として拒否する」「きっぱりと断る」という意思を持つことだ。
周囲の人々は、意外なほど当事者の対応を見ている。
本人だけが「誰も自分を見ていない」と思っていても、周囲には、その人物がどのように対応するのかを見ている人間がいる。
そこで毅然として自分の考えを述べることができれば、周囲の見方が変わることもある。
したがって、非難や中傷に対する対応は、「反論するか、黙って耐えるか」という単純な問題ではない。
必要な場合には明確に拒否し、しかし、不必要な応酬には乗らない。
その判断を自分自身で行うことが重要なのである。
六 自己を守るということ
私は、他人に自分を守ってもらおうとするのではなく、自分自身を守るのは最終的には自分自身なのだという認識を持つことが重要だと考えている。
もちろん、人間は一人だけで生きていくことはできない。他人の助けを受けることも必要である。
しかし、自分自身の判断まで他人に委ねてしまえば、自分が何者であるのかを見失ってしまう。
だから私は、自分の心の中にいる「もう一人の自分」と堂々と向き合ってきた。
悩むときには堂々と悩む。
自分を叱咤するときには堂々と叱咤する。
そして、最後には自分自身と肩を組むような気持ちで前へ進む。
これは、二十五年の運動を続ける中で、私自身が身につけてきた一つの姿勢でもある。
外部からの評価に左右されるのではなく、自分自身が何を考え、何を信じ、何を目指しているのかを問い続ける。
その上で、外部から寄せられる批判についても、必要なものは受け止め、必要のないものは受け流す。
その判断を自分自身で行うことが、自分を守るということなのだと思う。
おわりに――二十五年の活動から得たもの
二十五年という時間を振り返れば、そこには同志との出会いもあれば、離別もあり、批判もあった。理解されたこともあれば、誤解されたこともあった。
しかし、そのすべてが私にとっては、運動と自己を見つめ直すための材料となった。
肯定だけでは見えなかったものを、否定によって発見することができた。
非難を恐れるのではなく、その中に何が含まれているのかを考える。批判をそのまま受け入れるのでも、感情的に反発するのでもなく、自分自身を検証するための材料として利用する。
それが、私が二十五年の活動を通して身につけてきた一つの姿勢である。
振り返れば、私が一貫して大切にしてきたのは、「なぜ」という問いだった。
なぜ批判されるのか。
なぜ否定されるのか。
なぜ相手はそのように考えるのか。
そして、自分自身はなぜその考えを持っているのか。
これらの問いを繰り返すことによって、単純な肯定や否定を超えて、物事の構造を考えることができる。
二十五年間の経験は、私にとってその繰り返しでもあった。
もちろん、すべての批判が正しいわけではない。すべての反対意見に従う必要もない。
しかし、だからといって批判そのものを無視してしまえば、そこに含まれている可能性のある重要な指摘まで失ってしまう。
重要なのは、批判に屈することでも、批判に対して感情的に反撃することでもない。
批判を一つの材料として受け取り、自分自身の考えを検証し、必要であれば修正し、なお信じるところについては自らの責任において貫くことである。
それが、私にとって「非難と否定の中から見出したもの」である。
そしてこれからも、私は自分自身の信じるところを問い直しながら、前へ進んでいきたいと思う。