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自主独立なきところに、共生なし


共生は混載ではない

稲美編集長:

近年、外国人犯罪、LGBTなど様々な社会問題が急増し、これらを巡り左右、リベラル・保守両派の対立が激しくなっています。

 そこで今回、委員長に共生社会のありかたについてお伺いしたいと思います。

森垣中央執行委員長

:確かに、リベラル偏重に対する不満が爆発する欧米では、堂々と反リベラルの主張が叫ばれ、反グローバルや国内に流入跋扈する不良外人を排撃する新興政党の台頭が起こっています。わが日本も同様の傾向が起こりつつあり、参政党の躍進、それに引きずられるように高市政権が誕生するに至りました。しかしながら、これらの政党すら、依然アメリカ軍政下にあるける日本の政治経済体制を肯定し、「自由・民主主義・平和」を柱とする戦後デモクラシーを打倒粉砕し、真の独立主権国家を建設することなど全く期待できません。

 さて、今回の趣旨である「共生」ですが、わが党は綱領にも明記されているように共存共栄できる世界の新秩序建設を目指しております。

 ここで肝心なことは、「共生」とは「漫然と雑多混じりあっている状態」でもなければ「各民族および階級階層そして個人等あらゆる特色独自性の区分を否定去勢し、無条件に画一的個物として取り扱う」ものでもありません。

 逆に、共存共栄の大前提は、個々の民族の独自性を自覚し互いに認識尊重しあうことが絶対不可欠となるのです。

 即ち、己自身の民族の歴史・伝統・文化をしっかり学習理解し、自国民族に対する強烈な愛情と誇りをしっかりと伝承せんと意志がなければなりません。

 


憎悪なき愛情は偽善


 そして重要なことは、この「愛情と誇り」の裏返しとし、自らの「愛情と誇り」を傷つけるものには断固反撃する強烈な「憎悪」を抱く心がなければ本物となり得ません。

編集人:愛憎はまさに表裏一体のものですね。

委員長:当然です! 憎悪なき愛情など偽善であり、怒り無き自尊心などまやかしに過ぎません。これを発揮するかどうかは別にして、誰もが抱く真の感情であることをしっかり理解せねばなりません。

 だからこそ、他人を侮辱すれば、相手がどのように感じるか。愛する者をいたぶれば、相手がいかに憎悪に燃えるのか、わかるのです。
 だからこそ、「自民族を強烈に愛する」ことのできる心の余裕があれば、「同様に相手も愛することができる」のであり、「己のことをしっかりと自覚理解」せんとする心掛があれば、「相手の立場を理解」しようとする心得をもつことができるのです。

編集人:個人も同じですね。

委員長:そうです。個人でも己を愛せないものが、他人を愛することができないが如くですね。果たして、自分のことを知ろうとせぬ者が、一体どうして他人のことを知ることができるのか。
 逆に相手から見れば、「自分でも一体何者なのか」知ろうともせぬ素性のわからぬ不気味な輩に、果たしてだれが信頼を置くことができましょうか。
 自分に自信なく意見主張もせず、いつも他人に寄り掛かって生きている者とは決して対等な友人関係を作りたくないでしょう。

 挙句は、他人に依存しておきながら形勢が悪くなると平然と相手を乗り換える、失敗すれば責任転嫁する常習犯などは、まったく信用されないばかりか共生に値しないお荷物以外の何物でもないのです。

編集人:確かに迷惑千万ですね。

 

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自助努力が共生の資格

 

委員長:勿論、人間は一人で生きることなどできず、常に他人との協力関係があってこその社会。中には、他人にある程度依存せずんば生存できない者もいることは言を待ちません。だからと言って、依存する側にもそれ相応の自助努力がなければなりません。
 何故ならは、究極的には己自身でしか自分の人生を全うすることがきでないからです!

編集人:先述された外人犯罪、LGBTはじめ、自らは何もせず、他人に依存するばかりか、あろうことか依存している恩義を忘れ、我がまま放題でそれこそ社会に害を及ぼす輩が目立ちます。

委員長:己を「何もできない弱者」と上手く位置づけ、「弱者を皆で奉る」を社会的義務であるとうそぶく風潮が大手を振っています。

 自助努力すらせぬ「わがまま弱者」に対して、有無を言わせず身を削って労苦を捧げ尽くすことを「美徳と思え」と言わんばかりの歪んだ正義風が、残念ながら吹きまくっています。

編集人:まさに、貴族さながらの弱者特権そのものですね。

委員長:声の上げられない多数の「健常者」もその生活は決して余裕のあるものではありません。一部少数「弱者」の為に、まさに理不尽不公平と感じながらも不承不承従わされている者が多数いるを理解せねばなりません。その意味でも「弱者=主、健常者=従」の歪んだ社会が構築されており、そこには「憎悪と軽蔑」のマグマが溜まりつつあることを知らねばならなりません。

「共生」とは老若男女、健常者障害者、邦人外国人の別なく、それぞれの立場における「自立と責任」ある自助努力が絶対不可欠であり、この共生社会における最低義務を放棄した輩は、断固として駆逐されるは当然です。
 自助努力と社会奉仕のできる者のための共生社会であり、他人社会に寄生する特権者はすみやかに排除されねばならないのです。
 個人も国家民族も全く同じであり、理不尽のマグマが本格的に爆発し、国内外の既成価値観を根こそぎ覆滅する日が近い事を知らねばなりません。
 
編集人●大変貴重なお話、ありがとうございました。

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