日本の誇りとは
表層的おもてなしの超克と「八紘一宇」による真の共存共栄
1・国際化とは?
戦後わが国の外交基軸は国際主義と国連中心である。
後者は常に言及してきたので今回は前者の国際主義について語りたい。
特に今年のラグビーワールドカップ、来年の東京五輪の大イベントにあたり、わが国は朝野挙げての大騒ぎ。
その中身たるもの全くナンセンス極まりない。
戦後国際主義の実態を如実に表している。
然るに、やれ、外国語に通じる通訳、案内ボランティアが国際主義に貢献しているかの募集の誘いは一体何を示すのか!
また近頃の鉄道やバスの駅名や案内板を見ると、まるで何処の国に迷いこんだかのような錯覚に陥る。
これでもかの外国語が日本語を押しのけ我が物顔で表示される。
逆に日本語を探すのに一苦労する始末。
「おもてなし」で東京五輪を引き入れたようだが、この意味は「日本にいながら日本語を使わないこと」「外国人に日本らしい日本人を見せないこと」か!
勿論、不馴れな外国人が日本に来ても右往左往しないよう心遣いすることは道義的に必要だ。
だがせっかく日本に来るのだから日本の素晴らしい文化や社会に浸りたいと思うはず。
いや、日本政府自体が、この時期をとらえ全国民に対して祖国の伝統歴史文化を徹底的に教育普及し、世界に誇るわが国の素晴らしさをしっかり熟知認識させる事こそ何よりも最優先すべきではないか!
日本人が皆、堂々と自国を愛し誇りを抱き爽快に立ち居振る舞えば、その自信が凛々さと誠意を醸し出すことができる。
このような日本社会構築こそ、世界から羨望の眼差しで見られるのであり、これに浸った膨大な来日外国人によって一気に世界中に日本の評価を高めることになるのだ。
2・観光大国、入管法改正は日本評価を失墜させる。
だが、現政府の考える観光大国、そして入管法改正という極めて杜撰かつ稚拙な思考は、逆に日本の評価を極めて失墜させるだけに終わることは必至である。
経済的成長が鈍化し社会的閉塞感ある現今、観光立国を前面に打ち出し、一千万 人の外国人が来日したと喜んでいるようだが、多くの観光客に一体何を見せ何を感じさせて帰国させようとしているのか?
名所旧跡、日本食、アニメ等々確かに日本を代表する事象はあるが、これを本当の素晴らしさと言うのか?
例えば日本人がフランスに観光したいとする。
確かにエッフェル塔、ルーブル博物館、ベルサイユ宮殿等見てフランスに来た甲斐があると思うが、しかし地元のフランス人がその名所旧跡についてトンチンカンであったり、あちこちに日本語の案内表示が氾濫したり、更には出会うフランス人が皆日本語を話し本場のフランス語を一切聞かなかったら、果たしてここは本当にフランスなのかと幻滅するのであろう。
再度言おう。日本の素晴らしさとは、一に多くの日本人が自国に誇りを持ち自国の歴史伝統文化にそれなりに精通していることである。
決して独善的な自慢ではなく、ただ己の国家社会に対し深い愛情を抱き、その自信を持っているからこそ来訪者に心底優しく対応できるのである。
単に外国語を喋り「道案内」するだけで日本の良さを理解してもらうことは所詮無理と言うものだ。
たとえ外国語で話すにしてもだ。案内の内容を知っているのでなく深く愛しているかと言うことこそ、聞いている外国人の胸に強く響くことは間違いないのである。
3・入管法改正
その止めこそ入管法改正である。
国内の労働不足?を補う為に、外国人就労のバーを下げるものであるが、外国人の大量流入は双方にとって様々なトラブルを惹起 させることは、ドイツの例を見るまでもないことである。
受け入れ側とすれば、棲み着く必然性の要因を何ら整備せずんば当然「移民」を増長させるだけ。また 「日本に就労する外国人とすれば、就労環境の安全性と整備が野放置されている現在、単なる安い道具として使い捨てられ悲惨な環境に陥るだけでなく、犯罪に手を染めざるを得ない状況を作り、反日どころか憎日分子を一層膨大に産み出すことは必至である。
国際主義とは、世界に同化するのではなく、堂々と自国に誇りを持ち、その自信を持って他国も愛することである。
正に、日本が本来持つ世界観「八紘一宇」=世界は大きな家族である!を発揮せねばならない!
全ての民族の共存共栄を推進できるのは、わが日本しかないことを、今こそ自覚せねばならない。
1. 国際主義という名の「アイデンティティ喪失」
戦後日本の外交基軸である「国際主義」および「国連中心主義」は、いまや自国文化の放棄と同義となっている。ラグビーワールドカップや東京五輪(執筆当時)といった大規模イベントを前に、政府が進める「国際化」の実態は極めてナンセンスである。
街中に溢れる過剰な多言語表記は日本語を隅に追いやり、日本人が自国にいながら異邦人のような錯覚に陥る事態を招いている。本来の「おもてなし」とは、外国語に迎合することではなく、日本人が日本人らしく堂々と振る舞い、自国の伝統を誇る姿を見せることにあるはずだ。本論では、現在の「観光大国」政策と「入管法改正」が招く日本の評価失墜と民族的危機を解明する。
2. 観光立国政策と「国際化」の欺瞞的構造
現政府が進める観光・労働政策の稚拙さを、以下の視点から検証する。
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観光立国の虚構: 名所旧跡や日本食、アニメといった断片的な事象を切り売りするだけの政策。
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逆転したホスピタリティ: 外国人が日本を訪れる真の目的は「日本固有の文化や社会」に浸ることであり、自国語の案内板や外国語を話す日本人を求めているわけではないという心理的洞察。
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教育の不在: 外国人への便宜供与を優先するあまり、国民に対する「自国の歴史・伝統文化」の徹底教育を等閑に付している現状の分析。
3. 入管法改正が招く「憎日分子」の増殖
分析の結果、安易な外国人労働力の導入(入管法改正)は、以下の破滅的状況を招くことが明らかとなった。
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移民の増長と社会摩擦: ドイツ等の先例を見るまでもなく、十分な整備なき大量流入は「移民」を固定化させ、地域社会に拭いがたいトラブルを惹起する。
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使い捨ての労働力: 就労環境の整備を怠ったまま「安い道具」として外国人を使い捨てる行為は、彼らを悲惨な境遇に追い込み、結果として膨大な「反日・憎日分子」を国内に産み出す。
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国家評価の失墜: 自国に誇りを持たず、ただ便宜的に外国語を操るだけの社会は、世界からの羨望の対象とはなり得ず、かえって軽蔑を招く結果となる。
4. 真の国際主義――「八紘一宇」の精神へ
世界に同化し、自らを消し去ることが国際化ではない。真の国際主義とは、自国を深く愛し、その自信を持って他国の存在も尊重することにある。
維新変革への指針
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内なる伝統の再構築: 外国人を受け入れる前に、全日本人が自国の歴史・伝統・文化を熟知し、堂々と愛国心を抱いて立ち居振る舞う社会を構築する。
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「おもてなし」の真定義: 日本語を第一義とし、日本の凛々しさと誠意を醸成すること。その自信こそが、来訪者の胸に響く最大の観光資源となる。
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八紘一宇の具現化: 「世界は大きな家族である」というわが国本来の世界観に基づき、全ての民族が共存共栄できる秩序を日本主導で推進する。
日本が日本であることの使命
日本が自らのアイデンティティを覚醒させ、世界に誇るべき文化国家としての自信を取り戻したとき、初めて世界は日本を正当に評価する。安易な労働力導入や表層的な迎合を即座に停止し、民族共同体の自立を基軸とした「真の共存共栄」を断行すべきである。