敵を求めることが真の政治理念であることを忘れるな!
諸君は、相手が自分を理解しないと嘆くことがあるだろうか? 特にいつも一緒にいる人物、例えば親友、友人さらには夫婦。何でも理解してくれていると思っていたにも拘らず、ある時何らかのきっかけで、今までの信頼関係は何であったのかなどと一人嘆き悲しんだ経験があるか?
だが出し、みんなが思っているほど、信頼関係など容易に出来るものでもなく、更に維持することは至難の業である。どんなに言っても、どんなにやっても、必ず理解する者もあれば逆に理解できない者も存在するのだ。即ち、物事には必ず二つの見方があるということを理解せねばならない。肯定的か否定的かだ。こちら側の人格・相性や相手側の環境により賛否は必ず存在するものなのだ。だから当然に出現する反対者に一々付き合ってはいられないし、落ち込む必要はない。逆に賛成してくれたからといって自惚れて自分を見失うことはもっと禁物である。
特に、政治の世界では、思想信条、政策、打算が複雑に絡んでおり、単純な賛否に惑わされてはならない! 至福を追求するといった永遠の闘争を展開する政治は、常に新しい反対者=敵が存在することは必至条件である。敵がいなければ、闘争も結束も霧散してしまう。強力な敵を創出することは手腕であり、強力な敵からの圧力や圧迫があればあるほど、味方勢力の増強拡大が容易となる。このように、熱狂的賛同があればあるほど、熱狂的な憎悪の反対がいる!
このような文脈からみれば、敵を作らぬ八方美人などは真の同志足り得ないのは至極当然である。今の政治を鑑みれば、真の敵として反対政党を見極めているのか? 自民党と共産党、自民党と非自民党、与党と野党、自由党と社民党……。
政治とは権力闘争である! 権力とは敵を屠る力を持つ。政権を掌握することは敵を微塵に粉砕し、反抗できないようにすることにある! 見よ! 馴れ合いの家畜どもが永田町のごみ溜めで党利党略、私利私欲の打算競争に明け暮れている醜態を! 永田町のごみ溜めをひっくり返すことを全く考えなくて、なにが変革だ! 何が維新だ! 永田町密室馴れ合い政治を粉砕し、敵を屠る権力闘争こそが、いま求められている! 敵を求め続ける現状打破が激動の政治理念であることを、いまはっきりと認識しなければならない!