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デモクラシーの実態を暴け



多数・他人に隷属する風潮

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人生、対人関係に神経すり減らす割合は圧倒的だ。聞かんでもよい情報が真贋混合して日々殺到。言わんでもよい呟きがアッと言う間に全世界に飛び散る現今。それぞれ異なる性格、打算、欲望、保身が目まぐるしく変化し絡み合う人間関係。これら対人関係を上手く処理せねばならぬは言うまでもない。

が、この「他人大事」を「他人優先」とし、己を他人に「従属」「隷属」させ、挙句は「己自身を消去」せんとする風潮が実に多い。

では、その「他人」とは一体何か?「自分以外の皆」と考えるようだが、よく考えれば実に曖昧、ある意味一種の幻想と言わざるを得ない。

特に大衆社会と言われる現今では、「圧倒的多数の他人」が「世論」として「正義」を掌握する権利を持つと解される。然るに、誰も見たことも、全てを数えたことも無い「圧倒的多数」に惑わされ、マスコミや政府機関等で操作されたごく胡散臭い「統計」で、この「世論」がまことしやかに形成される。これを盾に「この圧倒的多数にオマエ一人が敵うはずない」「下手な意見など捨てて無条件に従え」であり「従わねばすべての他人を敵にまわすぞ」となるのだ。

さて対人関係の円滑を行うために、「他人を慮る」「他人の立場に立って思考する」ということがよく言われる。だが、所詮他人の立場を本当に理解するなど不可能に近い。そこでコミュニケーションをとる、一緒に会食するなどで「情」や「愛」「親しみ」を通じて、「理解したような気」で「円滑」関係を構築維持するしかないのだろう。

ところで忘れてならないのは、貴兄も他人から見れば複雑怪奇な多くの「他人」の一員であるという事だ。ゆえに、特に身近で周囲にいる他人はその密接な関係上、懸命に貴兄を知ろう、理解しようと日々悶々と模索してることだろう。

では他人から理解されようとしている貴兄自身が、果たして自身のことをどれほど熟知理解しているか? 否、理解しようと努力しているのか? 即ち、本人でさえわからぬ貴兄に対し、他人は一体何を理解しようとしているのか?

 

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西洋デモクラシーの実態は魔女狩り

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この矛盾に満ちた対人関係を考える際に、最重要最優先しなければならないのは「相手他人」ではなく「自分自身」であることを忘れてはならない。「相手がどう思っているか」を思考する土台は、「自分は相手をどう思っているか」である。主体性ある自分あってこそ、はじめて相互関係や対人関係が構築できる。逆に、主体性なき己は、常に他人幻想の濁流に流され他人幻想に隷属するだけである。

そこには臆病風に吹かれ物事に逡巡し時間を延ばしてはズルズル悪化を渋々受け入れざるを得ない「無条件の諦めと絶望」の圧倒的多数の盲羊が蠢いている。

これぞ、異端排斥の西洋価値観の典型か。なぜなら元来西洋思想の土台となっているのがキリスト教。この神髄は、常に異端を見つけ戦いこれを殲滅することで「正義」を見出し、この無頼漢を「十字軍戦士」として崇めてきた。異端殲滅することは、残忍非道行為さえも「神の思し召し」として祝福される始末。

この延長線上にあるデモクラシーは、これにたがわず「多数」を意図的に作り上げこれを正義とすることで「少数」をでっちあげ、これを異端として思うままに糾弾抑圧することができる「正当な政治イデー」となっている。これにより、デモクラシー権力者は大衆に対し、常に「少数」「孤立」の異端に陥る恐怖心を煽り、でっちあげられた「多数」の中に否応なく取り込ませる事ができるシステムであることを忘れてはならない!

人類最高の政治システムと喧伝されるこの西洋デモクラシーの実体を、しっかり把握し、「自由主義・民主主義」を吹聴するデモクラシーを信奉せずんば悪魔といわんばかりの異端狩り、魔女狩りが、いまも世界中で繰り広げられていることは現今の事象を見るまでもない。

世界最強の砲艦外交をもって弱小国を支配し、世界の圧倒的多数を形成するアメリカンデモクラシー。これに反旗を翻す少数の国家は「異端」に過ぎず、こんな封建独裁国家の主権は自由勝手に蹂躙し、戦争に訴えてこれを軍事的占領しても構わないとする驚愕すべき実体であり、まさしく「文明の名によって成敗して構わない」とする「十字軍の正義」が千年経た現今も脈々と息づいているおぞましい世界が横たわっている。

 

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主体性を取り戻すために

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日本がかつて欧米列強に追従仲間入りすることで保身を図った近代国家化。為に欧米に使節を派遣し議会・選挙・憲法などの体裁形式を模倣。古来日本の慣習を捨象し無条件に取り入れた。

翻って戦後日本。その「生みの親」たるアメリカの政治経済司法システムを無条件に敷設するのみか、その異文化思考さえ無条件に国民に洗脳させてきた。為に、「自由・民主主義」を奉戴し標榜しさえすればアメリカ組の一員で居られると言ったもの。明治は洋裁和魂であったがいまや洋裁洋魂に成り下がった。

そうは言っても、ちょんまげ結えとか和服を着ろ等、古に戻れなどと言うはお門違いだ。将来に向けた日本が率先して世界を領導できるスタイルを創造し実行する事にある。為に、現今ある常識をも再考し再建する必要がある。近代国家のあり方然り、経済の真の目的とは等、基本原点に立ち返った思考構築が不可欠。それには日本の建国精神に回帰した伝統文化歴史の正しい伝承と飛躍を推進せねばならない。

●即ち、アメリカンデモクラシーを崇める「多数=世界の正義」からはじかれ「世界中からバッシングされる」を恐れるあまり、本来「自主・自立・自発」あって存在すべき「祖国日本」を消し去ろうとする戦後デモクラシー日本。

●この元凶こそ、アメリカに魂を売り渡し党利党略私利私欲に明け暮れるポツダム議会やとマスコミである!

●ゆえに、「第四の維新」の狂信的愛国心によってこれら民族の裏切り者を屠り西洋追従の「先進国」意識を超克せねばならない!

●偉大日本の再興は、現世界秩序に対する反逆すなわち、「西洋・近代・キリスト教」文明打倒、自然を神とする神道。八紘一宇に則った「新文明」闘争によって勝ち取らねばならない。

●強烈な自己知、狂信的愛情こそ、他の追従を許さぬ偉大崇高な「異端」として登場できる。四面楚歌の反対を物ともせぬ強靭な「異端」のみが、「英雄」として君臨できるを歴史から大いに学ばねばならない。

「他人を相手にせず、自分との闘いに勝利せよ!」

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