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民族生存闘争を貫徹せよ!

――「血と土」の原点回帰と戦後自滅政策の粉砕に関する考察――

 


1・生き抜くこと。


この世に生を受けた全ての生物は、その瞬間から死に向かって一直線に突き進む。
まさにこれが人生。
この英雄的進撃はその者にしかわからぬ壮絶な日々闘いを繰り広げている。
毎日がそれこそ生死を賭した冷徹かつ激烈な闘いである。
その闘いに疲れ歩みを止めることは、即ちそれは死を意味するのである。
長い人生の知恵からか、死に対する意識を鈍磨し恐怖心を健忘することで日常表面的に唯々諾々過ごしている。
ただ内外からの危害や加齢による衰退から何とか命を繋げるべく、食欲に栄養を取り入れ新陳代謝しながら潜在意識の中、死に物狂いで闘っている姿こそ、実は生物本来持つ本性であることを断じて忘れてはならない。
個人同様、国家民族もまさに終わり無き壮絶な生存闘争を繰り広げていることを忘れてはならない。
血を絶やさず確実に後世に引き継ぐこと自体決して楽であるはずがない。
そこには国家民族の生存への強力な欲望と意志があるのだ。
明日の生命さえ約束されぬ極貧国は言うに及ばず、例えどのように未来が約束されているように見える富裕大国であっても日々の生存闘争の勝利なくして明日を迎えることは出来ない。
いかに多くの大帝国や大国が朽ちて砂漠の下に埋もれた事実を鑑みれば、国家民族が生き延び続ける闘いの厳しさがわかるであろう。
そのため、国家のなすべき使命とは、この生存闘争を勝利へと導く闘争組織を構築し、勝利を信じ闘い抜く不撓不屈の精神を国民に教育することにある。
そこでは国家民族はその民族構成員に生きる為の喜び、目指す勝利への道 = ロマンを指し示し銅鑼を鳴らし続けることが不可欠となる。
その上で、愛すべき民族の生存を脅かす憎き内外の敵や障害を己の力で断乎排除する強力な安全保障を保持せねばならぬは当然である。

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2・自分の意志と実力なければ生存不可能


ここで何よりも重要な事は、他人の力に頼ろうとする卑屈で臆病な弱気を極力排除し、己の力を信じ強制で不屈の身心を作り上げる強力な意志を持つことである。
生き抜くことへの強烈な意欲と言っても良い。
個人も民族も、己自身で生きる意志と 意欲がなければ、いくら周りで騒いでもどうしようもない。
故に自身で生きる力と勇気を身につける教育が何よりも重要となる。
己の現在を過去から未来への一直線上にしっかり位置づけ、栄光民族の一員であること、その忠実な伝承者としての矜持と使命を自覚させねばならない。
個人が大病を患う場合を考えてみよう。
確かに周囲の看病、医者による不屈の治療や良薬も必要であろうが、しかし最も大事なことは患者本人が「絶対回復してみせる!」の強靭な精神と肉体的土台を持っているかにかかっている。
病気回復は畢竟、自身のもつ治癒力によるものが大きい。
有機体である国家民族も同様!
生存しようとする強靭な肉体と精神力ある若い民族は益々発展する一方、不健康で退廃した生活の中で臆病と怠惰が蔓延する老いぼれた国家民族は、歴史の表舞台から退場せざるを得ない。
生存闘争する力も意志も放棄した国家民族ほど惨めなものはない!
まさに現在の 日本がその様相を呈しているではないか!
戦後七十年余に及ぶ老獪なデモクラシー国家。
もはや己自身で生き残る意欲も見られず、誰かが何かをしてくれるだろう、いまある砂上の楼閣すら今後も永遠に続くだろうとする根拠なき幻想。
一 回の戦いに敗れたことで「羹に懲りて膾を吹く」卑屈な対外依存・屈従によってわが身「一国平和」を享受している。
もはや生きている実感も生き抜きたい生命力も見られず、日々をボーっと過ごすだけの抜け殻が浮かんでいるではないか。


3・生存食の原点に立ち返れ


戦後日本が陥れられているものは、畢竟「自分で食べられない」国家にしておくことにある。
強力な軍艦戦車戦闘機ミサイルを保有しようが何百万人の兵力を抱えようが、慢性の病気や不健康な兵士ではとても戦闘に勝利することは出来ぬ。
挙句には、穀物自給率三割弱で末期的症状を呈しているにも拘らず、食物を粗末に扱う民族にいったいどうして生き残る資格があるのか。
対日軍事同盟(国際連合)、対日経済拘束(IMF)対日核兵器抑制(NPT 核拡散防止条約)など日本を束縛する軍事政治経済文化対策がほどこされるが、どれよりも強力且つおぞましい対日死滅政策こそ、日本の農業を破壊し日本人に自活させない=餌の取り上げに他ならない!戦後の農政、この四月施行される種子法廃止など、わが国の農業、否民族そのものを死滅させる極めて重大な売国奴政策が展開されている。
そもそも人類の殆どすべての戦争は「パンよこせ」が原因であるといっても過言ではない。食糧争奪のために領土を侵略する。
石油などエネルギー資源、経済戦争などといってもとどのつまりは胃袋を満たす為の具である。
食糧を自分で確保できないものは、もはや生存闘争の敗残兵でありもはや生きる意志を放棄していると同様である。
食糧自給自足体制は、何よりも第一の安全保障にほかならないことを明記せよ。
わが国が本当に生きたいのか! わが民族を後世に本当に残したいのか!この究極的な命題に正面から立ち向かい、いまこそ不健康で他人によって食わせてもらっている半病人状態を一刻も早く脱し、真の自律・自主・自発の健全な民族共同体を建設せねばならない。
まさに、似非平和の惰性の中で、徐々に蝕まれて座して死を待つか、似非平和を覆滅し、わが国を拘束する鉄鎖を引きちぎり自力で食べ決断し行動する本来の大日本を再興するか、大きな岐路に立っていることを肝に銘じよ! いざ、血と土の民族の原点に回帰せよ。



 

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1. 生存こそが唯一無二の英雄的進撃である

この世に生を受けた全ての生物にとって、生とは死に向かう壮絶な闘いそのものである。一瞬の停止も許されぬこの激烈な生存闘争は、個人のみならず国家民族という巨大な有機体においても同様である。

国家の使命とは、この終わりなき生存闘争を勝利へと導く「闘争組織」を構築し、国民に勝利への確信と「ロマン」を指し示すことにある。生存を脅かす内外の障害を排除する安全保障は、この強烈な「生への意志」からのみ生まれる。本論では、現在の日本が陥っている「生きる意志の放棄」という病理を暴き、国家維持の原点である食糧自給の重要性を論じる。

 

2. 退廃した「老獪なデモクラシー」の病理分析

戦後七十年(執筆当時)を経て、わが国がいかにして「自ら生きる力」を失ったのか、以下の視点から検証する。

  • 精神的土台の腐朽: 「誰かが何かをしてくれる」という根拠なき幻想と、一回の敗戦で「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」卑屈な対外依存・屈従の精神構造。

  • 自己治癒力の喪失: 病気回復が患者本人の「治りたい」という意志に依存するように、国家の発展も民族の「生存しようとする強靭な意志」に依存する。現在の日本が呈している臆病と怠惰の蔓延は、歴史の表舞台からの退場を意味する。

  • 砂上の楼閣としての平和: 生きている実感も生命力も失い、平和という名の惰性の中で座して死を待つ「仮死状態」の解明。

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3. 暴露された「死滅政策」としての食糧依存

分析の結果、わが国を縛り付ける真に恐るべき鉄鎖は、軍事や外交以上に「食」の支配にあることが浮き彫りとなった。

  • 「餌の取り上げ」による奴隷化: 国連(UN)やIMF、NPTによる縛り以上に、穀物自給率三割弱という「自分で食べられない」状態こそが、究極の対日死滅政策である。

  • 種子法廃止の正体: 農業の破壊、特に種子法廃止(2018年施行)などは、わが国の生存基盤を根底から剥ぎ取る売国政策の極致である。

  • 生存闘争の敗残: どんなに精強な兵器を保有しても、兵士が慢性的な不健康(食糧不足)であれば勝利は不可能である。自給自足体制を放棄した民族に、生存を語る資格はない。

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4. 血と土の回帰――真の自律・自主国家の建設

人類の戦争の根源は常に「パン(食糧)」にある。食糧自給自足体制こそが、国家における「第一の安全保障」であることを再認識せねばならない。

 

維新変革への提言

  1. 不撓不屈の精神教育: 栄光ある民族の伝承者としての矜持を自覚させ、他力本願の卑屈さを一掃する強力な身心練成を行う。

  2. 食糧自給自足体制の確立: 「他人によって食わせてもらっている半病人状態」を脱し、国策として農業を生存闘争の最前線に据える。

  3. 「血と土」の原点回帰: 似非平和の惰性を覆滅し、わが国を拘束する全ての鉄鎖を引きちぎる。自らの力で食べ、決断し、行動する本来の大日本を再興する。

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いま、わが国は「座して死を待つか、鉄鎖を断ち切り再興するか」という巨大な岐路に立っている。生存闘争に中途半端な妥協はない。民族の血を絶やさず、土壌を死守し、後世に引き継ぐという生存本能を爆発させ、真の健全な民族共同体を建設せねばならない。

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